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仙台高等裁判所 昭和33年(ラ)25号 決定 1958年7月17日

抗告人 山内幸男(仮名)

相手方 中山清子(仮名)

事件本人 中山美子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

一、原審での相手方審問の結果によると、相手方の両親は既に死亡してこれを扶養してくれる者がないこと、相手方には資産がなく、目下菓子、たばこの販売業を営み月収五、〇〇〇円をあげているが、事件本人の養育費に一ヵ月三、〇〇〇円余を要するので、近親者から借金で辛じてその生計を維持していること、抗告人が事件本人を引き取つてくれれば北海道に渡つて働くつもりであることが認められるから、この上相手方に事件本人の監護養育を続けさせることは酷であり、事件本人の利益とならないものと考えられる。

一方抗告人が山田清和の長男であることは記録中の戸籍謄本によつて明白であり、本件調停申立書に記載されている抗告人家は○○市屈指の資産家(推定財産三、〇〇〇万円)で廃品問屋を盛大に営んでおり抗告人は右家業を継ぐべく予定されているとの事実については、特に争いがあるものとは認められないから、抗告人には事件本人を監護養育する能力が十分あるものと認められる。そして抗告人と相手方とが将来婚姻するとか、事実上の婚姻関係を続けていくというようなことは全く期待することができず、結局婚姻予約は不履行に終わるであろうことは、本件記録によつてうかがうことができる。

二、抗告人は、事件本人が抗告人の子であることが決定すれば即日引き取つて立派に育てる覚悟であるが、現在父子関係の存否について疑問があるからその決定をみるまで抗告人を事件の親権者に指定しないようにされたいと主張する。

(1)  事件本人の出産に立会つた原審証人佐野恒夫は、相手方が最終月経日の初日を昭和三一年三月九日と述べたので、これを基礎として同日から二八〇日目の同年一二月一六日を分娩予定日にした。一般に分娩予定日に生まれることもあるにはあるが極めて僅かである。通常受胎可能の期間は次の月経予定日の初日から逆算して一二日日の前四、五日間とされているが、正確な受胎時期はずれることがあるので、分娩予定日の前後およそ二週間位を基準としなおその前後に多少の日数を加えた期間内に生れた場合を正常範囲の分娩としている。事件本人は右分娩予定日より一八日早く生まれたがなおこの範囲に入つている。事件本人は前記最終月経日の初日から二六五日目に生まれているが、健康な男女(抗告人と相手方とはともに健康と見受けられた。)間では右の日の前後に出生することが多々あり得る。事件本人が抗告人と相手方との間の子とみても不思議ではないと述べている。もつとも、同証人は抗告理由記載どおりの証言もしているが、これは厳密な調査をしていない同証人の証言としてはむしろ当然というべく、従つて前記証言価値を減ずるものとは思われない。

(2)  抗告人は、関係人の血液鑑定によつて事件本人との父子関係の存否を確定したいと強く主張しているが、この方法をとつても常に誤りなく父子関係を確定し得るものでないことは明らかである。

(3)  事件本人の出生当時抗告人と相手方とが不和であり、その前に相手方が抗告人方を去つていたことは原審での相手方審問の結果によつて明白であるのに、抗告人は事件本人の出生当時相手方に初衣、ふとんを交付し、相手方が出生後一五日目の昭和三一年一二月○○日出生届出をすると同事に認知届出をしているから、抗告人は当時事件本人を疑いなくその子と認めていたものということができる。現に抗告人は原審での審問で、子供のことについて初めは自分の子でないとは考えていなかつたと述べている。もつとも、抗告人は右審問で、事件本人を認知したのは事件本人が私の子であることを十分に了解してしたわけではない。相手方が認知してくれないと家へ帰らないと言うので認知したとも述べているが、右は前記供述に照してたやすく信用することができない。

(4)  抗告人は、事件本人に対し認知無効の調停の申立をしており、相手方が血液鑑定に応じなければ訴によつてでもこれを求めると主張する。してみるとこれが確定にはなお相当の期間を要するものと考えなければならない。

(5)  民法八一九条は子の利益のため必要があると認められるときは一たん指定した親権者を他の一方に変更することができることとなつている。

三、以上の諸事実を勘案し、なお記録に現われたすべての事情を併せ考えると、この際抗告人を事件本人の親権者と指定することは、その利益をはかるために相当と考えられる。

そうすると、原審判は相当であつて本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 斎藤規矩三 裁判官 鳥羽久五郎 裁判官 羽染徳次)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判を取り消す。との裁判を求める。

抗告の理由

抗告人と相手方とは昭和三一年三月○○日小林辰夫の媒酌で事実上の婚姻をし、同年一一月○○日事件本人が出生したので、抗告人は当時初衣、ふとんなどを相手方に交付し、相手方が同年一二月○○日出生届出をすると同時に認知届出をした。

ところで、事件本人の出産に立ち会つた医師の言によると事件本人は成熟児であるが、相手方は予定日より一八日早く産れたと言い相手方の実姉古川冬子は一ヵ月も早く産れたので驚いたといつている。事件本人出生後前記媒酌人は姙娠していた相手方を世話したと言つていた。また、事件本人の出産に立ち会つた医師は本件で「事件本人が抗告人と相手方との間の子に絶対まちがいないと言い切るわけではない。また体重の所見と在胎日数とを照し合わせると、医学的には絶対に疑わしくないと言うことはできないと思う。」と証言し、また他の二、三の医師も不思議だ早いと言つている。

かくて抗告人は事件本人が抗告人の子であるかどうかについて多大の疑問をもつており、このままで事件本人を引き取ることはその幸福の妨げとなると思つている。この疑問を解決する唯一の方法は、関係人の血液鑑定をすることである。そこで抗告人は事件本人のためにあえて前記認知無効の調停の申立をした。この調停で相手方が血液鑑定を行うことに同意しなければ、認知無効の訴を提起して血液鑑定を求める所存である。そして右調停または判決で抗告人と事件本人間に父子関係があると決定されれば、抗告人は即日事件本人を引き取つて立派に育てる覚悟でいる。よつてそれまでの間抗告人を事件本人の親権者に指定しないようにされたい。

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